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Chu JeHo Archive

朝鮮籍って?

上海二日目。そしてお昼。

よく海外に訪れた人の話で”初日から散々なおもいした”と聞くが、まさに今回わたしは「散々な想い」にかられた。

なんとなく不安を抱えたままの渡航は、実に最悪?ある意味最高の形で幕を開けた。

入国審査で思惑通りの展開・・・やはり在日朝鮮人、在日韓国人はうまく理解されないみたいです。しかし、それがまさかホテルのチェックインで問題となるとは思いもしなかった。けっきょく初日はホテルにチェックイン出来ずじまい。

「朝鮮籍」のわたしはパスポートを持っていない。

再入国許可証がそのかわりです。パスポートの提示をせまられてもどうしようもない。

わたしが中国語を流暢に話せたのなら、「朝鮮籍」獲得の経緯を20世紀初頭からざっとでも説明したでしょう。

けっして「朝鮮籍」とは名ばかりで。とは言い難い。

実質「無国籍」同様で、パスポートを持たないかぎり国家の保護を受けれないのです。

「朝鮮籍」という総称的な意味と、いち国家のパスポートを所持しなければならない意味とが複雑に絡み合い矛盾にかられる。

世界的に注目される朝鮮半島情勢を傍らに、「在日朝鮮人(韓国人)」問題への理解がこうも希薄なのかとひどく痛感した。

まだ二日目の昼だというのに、この旅はわたしにとって大切なモノゴトとなりそうだ。

ゴートゥシャンハイ

きょうやっとこさビザを取れた。

今まで海外にはほとんど行ったことのない私ですが、そう、生まれ育った日本に安住しきっていた私ですが、最近ではなぜか今まで以上に、この日本にいながら異文化と深く交わっている気分になる。同時に大都市の喧騒真っ只中にいながら、毎日うんざりしています。しかしここから生まれる精神的ギャップが、かえって私を浄化、いや昇華させてくれている。

それに近い感覚なのか。私にとっていままですごく抽象的で、有って無かったような国籍というものに、私はすごく不安を感じたり、ストレスになったりしたことを憶えている。この度もそう。なんらかの不安ともやもやを抱えたことに、生きる実感を見出せた気がする。

私はいままで少なからず、在日という肉迫な課題とともに、在日という安息の地があることも実感してきた。いつしかそれは、どちらかに偏らざるをえない状況になっているような気もする。在日は本来それが表裏一体であるし、どんなにブランド化されようが、どんなに歴史化されようが、けっして理想郷と呼べるようなモノゴトでないことは周智の事実でしょう。それでもブランド化、歴史化しなきゃいけないんですよね。世界的な歴史の文脈の中でもそうとう稀有な存在であるはずの「在日」が、この狭い島国のせいで?あるいは私自身のせいで?確実に顕在化されていない。

数年前、ウェルカム・トゥ・トンマッコルって映画があったけど、その理想の裏側に隠しようがないリアルな現実があることを痛感した。結果的にあの村は助かったけど、終盤の襲撃なんかはやけに生々しかった。

だいぶん話ズレたけど、ホントなんとかビザが間に合ってよかったです。それでも私は実のところ、まだ上海行きの現実味が湧いてきていない。上海について無知なのは確かなのだけど、テンションが低いわけではない。むしろ知らないが故に高揚もしようがない。

先日、ずいぶん古い雑誌なのだけど、99年の”BRUTUS”で「宇宙からの目撃者」というタイトルの衛星写真の特集号を見た。最近トピックでもある「北朝鮮、疑惑の核施設」や「阪神大震災」などの天災、その他世界各地の自然や文明都市にまつわる衛星写真からあれこれ解説していて非常に面白かった(衛星写真そのものに問題はあるけど)。でも実際に行って見ないとわからない。これ率直な感想。

ただでさえ善かれ悪かれたくさんの情報が錯綜している日本にいて、対情報恐怖症にもなりかねない状況の中で、確かな生の感触を得たいと思う。そんなきっかけや可能性ができたことが、すごく幸せに思える。

Chu JeHo

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